福岡地方裁判所 昭和46年(ソ)4号 決定 1971年11月12日
抗告人
末輝夫
主文
小倉簡易裁判所昭和四六年(手ハ)第六二号約束手形金請求事件について、同裁判所裁判官が昭和四六年一〇月八日なした訴状(支払命令申立書)却下命令に対し、右抗告人から抗告の申立があつたので、当裁判所は、次のとおり決定する。
原命令を取り消す。
理由
抗告人は、「原命令を取り消す。」との裁判を求め、その理由として別紙抗告理由書記載のとおり主張した。
本件記録によれば、抗告人は、昭和四六年七月二六日、小倉簡易裁判所に対し、清水正之を債務者として、金八万七、〇〇〇円およびこれに対する支払命令正本送達の日の翌日から支払いずみまで年六分の割合による金員につき、支払命令の申立をし、同裁判所は、同月二九日、右申立に基づき、債務者に対し、支払命令を発し、該命令は、同年八月三日、債務者に送達されたが、これに対し、同月一〇日、債務者より異議の申立があり、前記支払命令申立は、訴の提起とみなされることとなつたので、同裁判所裁判官は、第一回口頭弁論期日を同年一〇月六日午前一〇時と指定したうえ、抗告人に対し、不足の収入印紙(四五〇円)を第一回口頭弁論期日までに追貼すべき旨の補正命令を発し、該命令は、右期日呼出状とともに同年九月四日、抗告人に送達されたが、右期日までに印紙の追貼がなされなかつたので、同裁判官は、民事訴訟法第二二八条に則り同月六日付原命令をもつて前記支払命令申立書を却下し、該命令は、同日午前一〇時に開かれた第一回口頭弁論期日において、被告清水正之に告知され、さらに同日午後二時、同裁判所において、抗告人に交付送達されたことが認められる。
そこで職権により判断するに、民事訴訟法第二二八条は、直接には合議体の裁判長の独自の訴状審査権限に関する規定であり、同条第二項は、同条第一項所定の補正命令に応ずる欠缺の補正がなされないため不適法の状態にある訴えにつき、合議体裁判所による審理が開始されるより前の時期において、裁判長単独の権限により命令をもつて訴状を却下する方法により不適法の訴えを処理することを定めた趣旨の規定であるが、もとより合議体裁判所は、同条所定の訴状の適否に関する審査、判断をなす権限をも有するものであるから、裁判長の同条による処理権限の行使は、合議体裁判所による訴えの適否判断を含めた事件審理の開始前に限られるものと解すべきであり、合議体裁判所が法廷に臨み第一回口頭弁論期日が開かれた後は、当事者による弁論がいまだに開始されない場合であつても、すでに合議体裁判所による事件審理が開始された以上、同条による裁判長の事件処理をなす余地はなく、同条第一項による補正命令に従つた欠缺の補正がなされないときは、同法第二〇二条に則り、合議体裁判所が判決をもつて訴えを却下すべきものである。
この理は、単独で審理裁判をなすベき裁判官が同法第二二八条によつて訴状の欠缺補正を命じ、当事者がこれに従わないときの処理においても同一であつて、単独体裁判所の裁判官として命令をもつて訴状を却下することのできるのは、口頭弁論期日開始前に限られるものであつて第一回口頭弁論期日が開かれた後は、同法第二〇二条によつて裁判所が判決をもつて訴えを却下しなければならないと解すべきである。
しかるに、本件においては、昭和四六年一〇月六日、裁判所により第一回口頭弁論期日が開かれたものであるにもかかわらず、抗告人が印紙の追貼をなさなかつたことを理由として、右期日開始後に命令をもつて訴状を却下したのであるから、原命令は原裁判所裁判官の権限を越えた違法の命令または原裁判所の違式の裁判というべきである。
そこで、抗告人主張の本件抗告理由について判断するまでもなく、原命令を取り消すべきものとし、主文のとおり決定する。(桑原宗朝 渡辺惺 浦野信一郎)